伊勢物語を読むの著者宇都木敏郎が綴る徒然話、今回は「歴史映画 桜田門外の変 感想」です。世の中は驚きに満ち、日常の全てに興味がそそられます。人生を勉強と追求に掛け・・・2014年4月10日没

歴史映画 桜田門外の変 感想

歴史映画 桜田門外の変 感想

水戸の徳川家は江戸幕末の時代に矛盾した事態を抱え、その結果天狗党の乱などで自爆して志士を死なせ、保守派におされて薩長と並ぶ多くの活動家を失ってしまった、これが私の幕末期の水戸藩武士に対する考えである。

井伊大老は幕末政治家として、たいへんに苦しい立場に立たされた。ペリーが代表する世界の要求に答えて、鎖国を止め、開国、通商の方向に変えていかざるをえなかった。それは政権を担う者として当然の成行きである。勤皇に基ずく鎖国や攘夷思想は、アヘン戦争を恐れる者にとっては国を滅ぼす基となる。それに対して、佐久間象山や勝海舟等に代表される開国思想は、解明的で正しい方向に向いながら、勅許を得ていないという遅れた理由で進路をはばまれ、危険的なものとみなされてしまった。この勅許問題の種は実は水戸藩主である徳川光圀らが蒔いたものなのである。黄門様などといって人気を博してはいるが、勤皇思想は徳川幕府の武家政権をおびやかすもととなり、ついには倒幕という危険な結果におちいらせてしまった。井伊大老の強権政治の方向が、失いかけた徳川幕府の権力に、勤皇思想と藩主への忠誠心という武士たちの封建思想とを併せて、真向からぶつかり会うことになったのは残念である。それにしても大老を襲った水戸の脱藩武士たちは、危険な暗殺者であることに変わりはない。小人数で大老を武力によって殺戮するのは、以後天誅などと称して流行した暗殺者の心理を正当化しようとするものであり、何と言おうと許される行為ではなかった。武士道を裏切る、いわば悪事の犯罪である。暗殺者たちはそのことを十分にわきまえていただろうか。

暗殺者を利用する指導者もいた。西郷隆盛などそのひとりであったと思えば、彼は思想的には未熟であったことになる。ドラマの中で坂本竜馬が言うように、武力による解決法は結果として恨みを買うことになる。剣術を習いながら、思想、身体の鍛練にとどめても、けっして解決法にはしなかった勝海舟や坂本竜馬の考えが光るのである。隆盛に求められる人間への愛情は偏っており、そのことが彼の最後の進路を誤らせる結果となったのではないだろうか。

井伊大老の強権政治は結局政権を持つ者の誤った方法に陥っている。事態はすでに開国に向っていながら、それを生かす事ができず、多くの全国の先覚者たちを切腹させ、また暗殺によっても失わせた。水戸藩も幕府の意向を迎えて、慶喜その人が襲撃を企てた武士たちを犯罪者として捕え、処刑した。これは当然ながらその後水戸藩内は藩主斉昭の改革に基づく急進派の天狗党軽格武士たちと保守派が対立し、多くの人材(武田耕雲斎、藤田小四郎等)が失われた。水戸藩は優れた先覚者を擁しながらこれを失い、明治維新に指導者を出すことができなかった。これはまことに残念である。

武士道について、もうひとつの疑念がある。斬首よりも切腹を名誉ある自殺方法と考えたのは、正しいだろうか。斬首は犯人を罪人として罰する死刑になるが、切腹は自主的な自殺法を選ばせるから、武士の名誉が保たれると考えられている。人はいずれ死ななければならない。死を迎えて、人としての運命を慌てずに受けとることができれば、自殺者は意義ある生き方を勝ち取ったことになる。しかし結局はどちらも死刑に変わりはない。切腹の際に当人に苦しみを与えさせまいとして、腹に刀を当てるのを待たずに首を斬ってしまうような方法が考えられた。切腹の名誉が形式化、儀式化してしまった結果で、これは悪弊である。武士道という思想の中で人の死は簡単に考えられすぎた。その結果、死を軽視する傾向が起きたのではないか。日露戦争の時には兵士に剣を付けて突貫させる方法が安易に取られた。特に旅順要塞の攻撃では多くの命が失われた。司令官や参謀たちは後方で命令を下し、惨劇を繰りかえさすばかりであったという。そしてこのことは太平洋戦争でも変わりはなかった。兵士だけでなく、一般市民も共に死なせた。日本人は沖縄戦や原爆のための惨劇をけっして忘れてはならない。

この文は映画の感想としては横道に走り過ぎた。しかし日本人はややもすれば武士たちが刀を振り回して簡単に人を殺傷するのを黙って見過ごし、喜ぶ傾向がある。これは人の死を活字や画面の上で見るからで、現実となったら別だともいうが、桜田門外の変をけっして痛快なできごととして見ず、その意義をしっかりと捕える必要があろう。

私は水戸の大老襲撃に加わった武士たちが前夜集まり、覚悟を残した小さな文字を書き連ねた家族等へ残した手紙を見て驚いた記憶がある。武士たちはそれぞれにひとかどのりっぱな教養を持っていた。それらの武士たちはよくよくの思いで参加していたのだ。よりよく生きるために一生懸命に考え、行動してきた。安易な自爆者とは同格に考えられない。自らの一生を価値あるものにするために、どうすればいいのか、武士たちは真剣に考えたであろう。映画は時に人に感動を沸き起こす。通りいっぺんの表現でなしに、何を言おうとしているのか、考えさせる内容を持っていてほしい。